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【感動】2064年  ハゲ物語 【名作】     

1 :原作者:04/11/30 22:43:50
19歳の2064年11月のとある日、鏡の前で何気なく、ドライヤーで乾かし
手ぐしで、髪を整えていた、
僕は心臓をえぐられたような気分になった、手についた数本の毛、そして明らか
に後退したM、
2012年に、政府がハゲを病気と認可して、いらい薄毛症と名づけられた、それでも
世間の目は、薄毛症を差別していた。
僕はすぐさま親に相談して、死に物狂いで発毛科に受信しにいったのである。

2 :原作者:04/11/30 22:46:27
僕はすぐさま親に相談して、死に物狂いで発毛科に受診しにいったのである。
そして医師からの宣告は
「MとOを併発しています。10年後にはノックになります」との言葉だった。
僕はその場で、涙を流し、ひざまづいた。そして僕の母親も、大粒の涙を流していた。


3 :原作者:04/11/30 22:50:32
薄毛症が病気と認可されて以来、入院が可能になった、僕は即座に、入院を
した。
医師「Mにフィナステライド10mg、頭頂部にミノキシジル5mg」
とのことだった。なぜここまでほっといた?などと聞かれたが、僕は無言のままだった。
ただ悔しかった。拳を強く握り締めるだけが、僕の唯一の反抗だった。
まさか19でくるなんて・・・・

4 :毛無しさん:04/11/30 22:54:44
4様kikoku




5 :原作者:04/11/30 22:55:01
そして1ヶ月入院したが、抜け毛は止まらなかった、毎日150本を越える勢いだった。
医師「ミノキとフィナだけでは、進行はとまりません」
僕の体は、恐怖に震えた。母も同じだった。
抜け毛を止めるには、抗禿剤しかありません。そう医師は言ったのである。
抗禿剤は副作用があり、場合によっては死に至る。
それでも僕は言ったのである小さな声で
「抗ハゲ剤をお願いします」

6 :原作者:04/11/30 22:59:23
抗ハゲ剤5mgが投与され3ヶ月の入院、大学も休学、
それでも抜け毛は一向にとまらなかった。
抗ハゲ剤は10gmえと増えていった。副作用は容赦なくおそった。
体がだるく、手足がしびれてきた。それでも、僕は禿げが怖かった。
それでも抜け毛は止まらない。長く投与され続ける、抗ハゲ剤
医師は言った「思った以上に進行が早いです。おそらく5年後にノックでしょう」



7 :原作者:04/11/30 23:01:17
僕は抗ハゲ剤を20gm打ってもらうよう医師に要求した。
家族は副作用を心配し反対したが、僕の意思は変わらなかった。
禿げてたまるもんか!!!
それから3ヶ月の闘病生活が始まったのである

8 :毛無しさん:04/11/30 23:20:06
感動しますた

9 :毛無しさん:04/11/30 23:23:24
フィナ10mgかよ!!
感動しますた

10 :毛無しさん:04/11/30 23:26:48
2点

11 :毛無しさん:04/11/30 23:26:59
なんだこの夢の無いスレは
2064年にまだミノキフィナかよぃsぁhぁhlじゃぁぁぁーーー
ギャーーー

12 :原作者:04/12/03 21:37:28
続きはまた今度書きます

13 :毛無しさん:04/12/03 21:56:38
レナードの朝かよ
新薬の投与によって患者全員が激フサになった「奇跡の夏」の物語

14 :毛無しさん:04/12/04 17:29:28
2064年 この年は禿げ達の人権に関するシンポジウムが世界各国で開催されて
Whoで植毛と保険の問題が真剣に討論されはじめた年でもある。

この年から遡ること2010年初頭にはバイオ技術の発展により自毛培養が頻繁に
行われるよになる。この技術で禿げはいなくなると新聞マスコミ各社も報道し
たのだが、自毛培養に大きな欠点が発覚。自毛培養による植毛を行った禿げ達
はいずれも副作用によるガンで他界することとなった。その数は実に数千人に
上ったと推測される。この事件は2010事件として歴史に今でも刻まれている。

この忌わしい事件以降、培養技術は禁忌の技術として闇に封じられることとなる。



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